昭和演歌 旅の終わりに 冠二郎

ジャンじやーん。昭和を生きた、関西のおやじの登場です。

そんなオヤジが選りすぐりの昭和もの。

ど演歌、酒、珍味などなど、昭和の匂いプンプンのサイトです。

では、男が歌う男の昭和演歌。

まず演歌、トップバッターは、この名作「旅の終わりに」ですわ。

作家五木寛之が書き下ろした長編小説「海峡物語」の主題歌。

五木寛之作詞の昭和演歌の名曲中の名曲「旅の終わり」ですじゃ。

 

「艶歌の竜」と高名をはせながら世を捨てた老プロデューサー高円寺竜三の復活、をテーマにしたテレビドラマ。

高円寺竜三を芦田伸介が演じ、久世光彦の演出などヒットの要素を引っさげてオンエアー。

視聴率の話など、このオヤジには知る由はないが、主題歌の「旅の終わり」は、五木寛之の作詞ということでスマッシュヒット。

冠次郎が、この曲で一気に世に出た。

歌詞はこちらを見てちょうだい

流れ、流れて、さすらう旅は ♪

から始まるど演歌。このフレーズだけで東北、あるいは北海道を感じる。

日本語を心から愛する五木寛之さんらしい。かっこええでー。

なんの事情かは知らないが、この歌の主人公は。重い人生を抱えているようだ。

コートの襟を立て、くわえタバコで港を見ている。

肩に冷たい夜の雨 ♪

男って感じやけど、ちょい女々しいでー。

こんな夜更けはお酒を買ってー。渡哲也の「みちづれ」みたいにならんのかよー。

あー寂し。

1977年に自らも出演したテレビ朝日ドラマ『海峡物語』(1977年4月7日 – 9月29日)主題歌「旅の終りに」(作詞:立原岬=五木寛之 作曲:菊池俊輔)が念願のヒットを飛ばす。その後なかず飛ばず。が、1992年に発売した「炎」(作詞:三浦康照、作曲:和田香苗)のリリースにより、「アイ、アイ、アイライク演歌」の一節が、脚光を浴び「演歌」のイメージを変え、若者の支持も受けるようになる。

そして、ラストの旅の終わり。歌う~故郷の子守唄~。

ええでー。飲み過ぎるデー。

ハハハ、今日は以上。おじゃまさん。さいなら

今夜はフグで一杯。ええでー。

ええ酒や。こちらも推薦です。

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昭和演歌 さざんかの宿 大川栄策

さて、次は昭和の大ヒット。古賀政男、最後の内弟子、大川栄策の名歌唱、

男が歌う女歌「さざんかの宿」ですわ。

く~も~り~。

これだけ気いただけて、大川栄策の歌唱力、演歌の力がわかりますわな。

ガ~ラ~スを て~で~ふい~て、

古びた旅館での一夜の不貞。すぐにわかるわ。

あなた、明日が見えますか ?

他人の妻。妻といっても、ここでは人の旦那。女の不倫である。

歌詞はこちらから見てちょうだい。

赤く咲いても、さだめかなしい、ふたり咲いても、冬の花。

自らのさだめをこうだと決め、一夜の情事を求めてやまない。

男は明日、帰っていく。残った女は悲しみの中、男とは反対側の汽車に乗る。

演歌の定番ですね。

佐賀県生まれの大川栄策は作曲家古賀政男に弟子入り。そして1969年日本コロムビアより「目ン無い千鳥」(兄弟子:アントニオ古賀のB面だった)で念願のデビューを果たした。1982年、吉岡治作詞、市川昭介作曲の「さざんかの宿」が180万枚の大ヒット。一躍、演歌のスターの仲間入りを果たした。ウィキペディアを参照。

ちなみに、わしにはキーが高すぎでうまく歌えまへん。あ~あ~。今夜はここまで、また、あした。さいなら。

うまいかしわ。なかなか、てあえへんです。
 

下戸の人に。かわいそうやの~

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昭和演歌 大阪しぐれ 都はるみ

はいはい、調子の乗ってきたとこで一発わしが歌いましょう。

ワシの十八番。その当時はカラオケので始めで、わしはどこのスナックへ行っても最初はこの歌と決めていた歌でございます。

女が歌う女歌です。曽根崎あたりであなたは消えた。堂島すずめが笑っている。

尽くしたりないあたしが悪い。あの人を返して。大阪しぐれ。さあ、どうぞ!

ひ~と~り~で~♪♪

歌詞はこちらから見てちょうだい

大阪しぐ~れ~~~~~~♪♪

1964年、「困るのことヨ」で、デビュー。同年「アンコ椿は恋の花」がミリオンセラーになる大ヒット、第6回日本レコード大賞・新人賞を獲得する。「はるみ節」と呼ばれる、うなり声のような力強いこぶし回しや、波打つような深いビブラートが独特で、昭和40年代〜50年代にかけて数多くのヒット曲を生み、名実ともに日本を代表する女性演歌歌手となった。さらに、 1976年、「北の宿から」で第18回日本レコード大賞FNS歌謡祭最優秀グランプリなど数々の音楽大賞を受賞する。1980年、「大阪しぐれ」で第22回日本レコード大賞・最優秀歌唱賞を受賞。ウィキペディア参照

普通のおばさんになりたい。という有名なセリフは関西人独特のギャグやったんかもしれませんで。

「大阪しぐれ」は都はるみの歌唱は抜群ですが、ちなみに、五木ひろしの歌っている大阪しぐれも聴いてみてください。ええでっせ。

わしは必ず都はるみで2回。五木ひろしで2回続けて聞くようにしています。この歌の良さがここに感じられますんです。みなさんもご参照に。

ほな、この辺で

新鮮です。どんな酒にも合います。



元気が一番。それには、ええもんを食べましょう。

昭和演歌 おもいで酒 小林幸子 

無理して飲んじゃいけないと~

誰かにいつも言われてるような歌詞から始まるこの歌は、女性演歌歌手として美空ひばり以来の大ヒット曲となったものです。

肩を優しく抱き寄せた ♪

これは正しく女が歌う女曲です。

歌詞はこちらから見てちょうだい。

あの人どうしているかしら~。

これはどうやら不倫ではなく、ホステスと客との出会いを描いたものではないかとわしは推測しま。

あの人~どうして~いるかしら。

小林幸子の切々とした歌唱ぶりに、わしは初めてラジオから聞いたとき、いっぱつで行かれこれです。

小林幸子のコロコロローラーみたいな喉にびっくり仰天したのをはっきりと覚えています。

カウンターにボックス1つそんなラウンジを想像します。

ボトルに分かれた日を書いた。

未練タラタラの女の涙。大ヒットとなりました。今夜は思い出酒でいっぱいや。ほなさいなら、

1963年、9歳の小学4年生の時にTBS『歌まね読本でグランドチャンピオンとなり、審査委員長の古賀政男にスカウトされる。「天才少女歌手・ひばり二世」として、大映映画では子役としても活躍して共演した勝新太郎には『チビ』と呼ばれて大変可愛がられたと小林もテレビなどで語っている。1979年に『おもいで酒』が有線放送から徐々に火がついてついに200万枚の大ヒットをする。この年の暮れ『第30回NHK紅白歌合戦』に出場、紅白初出場を果たす。『全日本有線放送大賞』グランプリ、『第21回日本レコード大賞』の最優秀歌唱賞に輝く(『おもいで酒』のレコード売り上げ枚数は大賞曲『魅せられて』を上回る。この年の『ザ・ベストテン』(TBS系)年間1位は『おもいで酒』である

旅先のうまいもん。たまらんでー。

うめぼしで一杯。わしもようします。ええよ

 

昭和演歌 天城越え 石川さゆり

演歌は艶歌とも言われます。ものすごく艶のある曲。わしはこの曲がツヤだらけのイメージです。

天城越えとは、静岡県伊豆市と賀茂郡河津町の境にある天城峠を越える旅路のこと。

天城越えは川端康成の『伊豆の踊子』や、松本清張の『天城越え』などのテーマにもなり、天城トンネルには観光客が訪れる。

曲は1985年吉岡治弦哲也桜庭伸幸の3人が天城湯ヶ島町(現・伊豆市)の温泉旅館・白壁荘で製作した。3人は旅館に2泊し、吉岡は旅館周辺を散策する事で詞の原案を練っていたという

これは、「石川にしか歌えない、難易度の高い作品を」ということで制作された楽曲である。2008年シーズンの大リーグ選手・イチローの打席曲にもなったウィキペディアより抜粋

歌詞はこちらから見てちょうだい

ステージで斜に構えた石川さゆりは、サビに近づくにつれて、顔が変化していく。女の凄さがその表情に浮かびます。女は絶対泣かしたらあかん。

全身からツヤっぽいオーラが揺れ、表彰が徐々に女の情念が炎と浮かぶ。鬼が乗り移ったのかと思うくらい憤怒に押しつぶされそうになっていく。

誰かに取られるくらいなら~。

あなたを殺していいですか~。

あーこわ。

そして、女は天城を超えていく。九十九折、浄蓮の滝。

歌詞はようわからんけど、どうやら男はいない。山が燃える。女が火を潜る。男はどこだ。

ワサビ沢、隠れ径、小夜しぐれ、寒天橋。天城隧道。

くらくら燃える地を這って、あなたと超えたい天城越え~

石川さゆりがテレビ画面を睨みつける。渾身の表情だ。演歌というものが、報われた瞬間だ。瞳の奥に涙が光る。怖い、恐ろしい、わしは目をそらした。あかん。

季節は関係ありまへん。おいしいものはおいしい。

たまらんよ、老舗のめいたいこ

昭和演歌 なみだ恋 八代亜紀

夜の新宿。

こんなに恐ろしいとこ、前歩いてるだけではわからん、女やな男やらその中間やら、魑魅魍魎たちが闊歩する。

ほとんど周りの人は酔っ払っておりまさに、それはまさに、オールナイトイリュージョンをであります。

さらにまたその裏通り~と始まるこの曲は、八代亜紀のデビュー曲。

新宿界隈での物語、男と女の恋を歌ったテンポの速い演歌です。

これは女が歌う女歌でありましょう。

この後八代亜紀は次々とヒット曲を放ち演歌の女王として崇め建てられることになりました。

ちなみにあの独特な顔は、日本の猫顔の代表的な人だそうである。

失礼話がそれた。

曲の最後のしのび逢う恋なみだ恋~。

このフレーズがとても良い。女の悲しさと喜びが複雑に入り混じった一曲であります。

歌詞はこちらから見てちょうだい

幼少の頃から父親の歌う浪曲子守唄代わりに聴きながら育つ。そうした影響もあり、八代は歌好きの子供になり、地元の歌唱コンクールなどにも出場していた。 読売テレビのオーディション番組『全日本歌謡選手権』に出場して10週連続勝ち抜きでグランドチャンピオンとなる。1973年に「なみだ恋」が120万枚[4]とヒットした後も「しのび恋」「愛ひとすじ」「おんなの夢」「ともしび」「花水仙」「もう一度逢いたい」「おんな港町」「愛の終着駅」など、女心を歌った歌で次々とヒット曲を連発する。 ウィキペディアより抜粋。

あえば切ない~。別れが辛い~。

わかるわかる。わしもそやった。女には門限つうもんがある。

しのび逢う恋~、なみだ恋~。

悲しい女の話の割に、八代亜紀が歌うと、独特な明るさがある。聞いている方がウキウキしてくる。歌中の女と八代亜紀が重なる。悲しさが消える。

わしには、この歌はそんな感じです。ものすごくええんじゃないでしょうか。

剥いておきましたよ

ウニ最高。かにか、迷ってください。

昭和演歌 細雪 五木ひろし

大御所の登場です。悩みました。五木さんの最初の曲。

「ふるさと」これは妥当。

「よこはま・たそがれ」デビユー曲、やっぱりこれになるか、

寺山修司、古賀政男の異色コンピの名曲「浜昼顔」。

または、阿久悠の「契り」か。山口、平尾の「別れの鐘の音」か。

いやいや、まてよ。ここは、おやじの独断と偏見によって決めよ。

「千曲川」の大大大名曲か「細雪」の文学的名作か

歌詞はこちらから見てちょうだい。

な~い~て、あなた~の ♪

細雪、これがわしのベストワン。「千曲川」ファンの人すんません。

背中に投げた、雪の玉。

歌詞の一番は、抱いてください、もう一度。三番は、お酒下さいもう少し。

おそらく酒場や。いや、古びた旅館か。

あーあーあー。外は細雪。

1975年の勝負作として投入された旅情演歌「千曲川」はもともと猪俣公章が春日はるみ(新人時代の川中美幸)の不振を打開するために用意した作品であった。しかし、五木の“NHK紅白歌合戦での初トリと2回目の日本レコード大賞獲り”を願っていた山口洋子は、この三拍子のメロディーの美しさに惚れ、猪俣からこれを譲り受ける。ほかのエビソードは、松方弘樹が歌手志望を断念し、俳優へ目標を変えたのは、五木の実力を目の当たりにして、到底かなわないと思ったからだという。父親は韓国系の鉱山技師で鉱脈を追って家族で各地を転々とし京都府で生まれる。後に日本へ帰化し日本人、日本国籍となる。その後福井県美浜町に移り、父親は鉱山技師を辞め、建築用石材を扱う会社を興す。

我が阪神タイガースの川藤大先生とは美浜駅を挟んで同じ町内の出身だそうです。

よみうりテレビ制作のオーディション番組『全日本歌謡選手権』に、歌手生命のすべてを賭けてミノルフォン専属のプロ歌手“三谷謙”として出場。10週連続で勝ち残り、グランドチャンピオンに輝く。これにより、レコード歌手として再デビューできる権利を獲得。その後「よこはま・たそがれ」でヒットに至る。ウィキペディアから抜粋

「細雪」はゴールデンコンビ(作詞吉岡治 作曲市川昭介)の作品である。

 

川藤のオールスターでの二塁打。忘れられまへん。川藤はん、お元気でっしゃろか。

たまには贅沢を、

本場のものを直送や